高齢者の認知機能を大幅に向上させる芳香浴

エッセンシャルオイルを使った嗅覚刺激が、高齢者の記憶力や脳の特定の神経回路にどのような影響を与えるかを明らかにすることを目的とした研究を紹介します。

 

研究の背景には、加齢に伴う認知機能の低下があります。高齢者の多くは、記憶力や集中力の低下に悩んでいます。特にアルツハイマー病や認知症は、日常生活の大きな支障となります。

 

この研究では、60歳から85歳の健康な高齢者が対象となりました。被験者はエッセンシャルオイルで芳香浴を行うグループと対照群の2つのグループに分けられました。

 

エッセンシャルオイルで芳香浴を行うグループは、7種類(ローズ、スイートオレンジ、ユーカリ、レモン、ペパーミント、ローズマリー、ラベンダー)のエッセンシャルオイルから毎晩異なる香りをディフューザー(芳香拡散器)で部屋に2時間拡散させて嗅覚を刺激しました。対照群は微量の臭気物質で芳香浴を行い、同様に過ごしました。実験は6か月間行われました。

 

実験の結果、エッセンシャルオイルで芳香浴を行ったグループは、記憶力が大幅に向上しました。これに対して、対照群ではほとんど変化が見られませんでした。この結果は、嗅覚刺激が記憶力の向上に良い影響をもたらす可能性を示しています。

 

さらに、脳の画像解析では、エッセンシャルオイルで芳香浴を行ったグループでは、鉤状束という脳の神経繊維束に顕著な構造変化をもたらすことが確認されました。

 

鉤状束は、感情処理と記憶の形成に関与する重要な神経回路で、加齢によりこの神経束の機能が低下することが報告されていますが、今回の研究は、嗅覚刺激によってこの低下が抑えられる可能性があることを示唆しています。

 

嗅覚は、他の感覚とは異なり、脳に直接的な影響を与える特性を持っています。視覚や聴覚などの感覚は、脳内で複数の経路を通じて処理されますが、嗅覚は直接大脳皮質や扁桃体に接続されています。これにより、記憶や感情に強く結びついており、嗅覚刺激が感情や記憶に影響を与えるメカニズムが解明されています。

 

この研究の結果は、香りを使った簡単な方法で、高齢者の脳の健康を維持し、認知機能の低下を予防できる可能性を示しています。エッセンシャルオイルの香りを毎晩嗅ぐことが、記憶力や脳の特定の部分に良い影響を与えることがわかり、これは将来的に認知症の予防にも役立つ新しい手法として期待されています。

 

嗅覚を利用した認知機能改善のアプローチは、非侵襲的であり、かつ手軽に取り入れることができるため、医療や介護の分野でも幅広く応用される可能性があります。

 

Reference:

O'Hara, M. E., Goldberg, I., Khatibi, K., Kumar, S., & Siddarth, P. (2023). Overnight olfactory enrichment using an odorant diffuser improves memory and modifies the uncinate fasciculus in older adults. Frontiers in Neuroscience, 17, Article 1200448.