冬のラベンダーが教えてくれること —— クローン栽培とポピュレーション栽培の違いを巡って

2026年 1月 14日

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冬のプロヴァンスはラベンダーの本質が見えてくる

夏の紫色の畝が広がるラベンダー畑は、誰もがその美しさに魅了されます。そして、この時期に花穂が収穫され、エッセンシャルオイルが蒸留されます。

しかし、真正ラベンダーLavandula angustifoliaのエッセンシャルオイルを本質的に左右するのは、ひっそりと静まり返った冬の時間です。

冬の畑では、低温と乾燥した気候が、株の木質化の進み具合や葉からの揮発量、根の活動リズムに静かに作用していることが感じられます。こうした「冬の植物生理」が、翌夏に蒸留される香りの輪郭を形づくると言われています。

そして、その影響の現れ方は、「クローン栽培(栄養繁殖)」と「ポピュレーション栽培(種子繁殖)」で、大きく異なります。この違いは、香りの質だけでなく、年ごとの変動幅、さらには蒸留家の思想やエッセンシャルオイルとの向き合い方にまで反映されます。

「均質性」を追求する技術 —— クローン栽培

現在のプロヴァンスで主流となっているのは、挿し木によって栽培されたクローン栽培の真正ラベンダーです。

クローンとは、特定の優良な親株を複製した、遺伝的にほぼ同一の個体群を指します。近年では、耐病性、収油率、エステル類(酢酸リナリルや酢酸ラバンジュリルなど)の含量の高さなどを基準に選抜された系統が、大規模に栽培されています。

クローン栽培の主な特徴

  • 遺伝的に均質で、ケモタイプ(同じ植物でも、育ち方や環境によって「香りや成分のタイプが違うこと」)のばらつきが非常に小さい
  • 酢酸リナリルの含有比率が安定しやすく、香りが丸く整いやすい
  • 蒸留ロットごとの差が少なく、品質管理がしやすい
  • 商業生産や有機農業の大規模展開に向いている

クローン栽培では、冬の寒さや乾燥といった環境変動が起こった場合でも、畑全体の株が似た反応を示す傾向があります。つまり、冬の影響は畑全体に均一に現れやすいいと言えます。

その結果、自然条件による揺らぎは一定程度「平準化」され、安定した香り品質が保たれます。

「多様性」を内包した栽培方法 —— ポピュレーション栽培

クローン栽培に対し、伝統的な真正ラベンダー栽培では、種子から育てるポピュレーション栽培が行われてきました。現在でも、高標高地帯や小規模農家を中心に、この方法を守り続けている生産者が存在します。

ポピュレーション栽培では、同じ畑に植えられていても、株ごとに遺伝的構成が異なります。そのため、エッセンシャルオイルの化学組成や香りのニュアンスにも、微細ながら確かな個体差が生じます。

ポピュレーション栽培の主な特徴

  • 遺伝的多様性が大きく、香りに幅と奥行きが生まれる
  • 冬の気候変動が、株ごとに異なる形で反映されやすい
  • 年ごとの香りの違いが明確になりやすい
  • 管理は難しいが、香りの表現力が高い

ポピュレーション畑では、エッセンシャルオイルは単なる「平均値」ではなく、畑全体の個性が重なり合った結果としての香りになります。

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冬の気候は、両者にどのように作用するのか

クローン栽培の場合
クローン栽培では、遺伝的背景が揃っているため、冬の寒波、乾燥、積雪といった環境ストレスに対して、株全体が似た反応を示します。

  • 寒い冬には、リナロールがやや増加し、香りが引き締まります
  • 穏やかな冬には、酢酸リナリルが安定し、柔らかな香りになります
  • 乾燥した冬には、微量のセスキテルペンがわずかに増加します

このように、変動はあるものの、ロット全体が同じ方向に動くため、年ごとの差は比較的穏やかです。

ポピュレーション栽培の場合
ポピュレーション栽培では、冬の気候が個体差を際立たせる要因になります。
同じ畑であっても、

  • 寒さに強い株はリナロールが増えやすくなります
  • 寒さに敏感な株は酢酸リナリルなどのエステル比が変動しやすくなります
  • 乾燥に強い株ではセスキテルペンが増え、香りに厚みが出ます
  • 積雪の多い区画では、春の回復が早く、調和のとれたロットになりやすいです

このように、冬は香りの個性を分岐させる季節として働きます。その結果、ポピュレーション栽培のエッセンシャルオイルには、香りの陰影、立体感、そして「その年らしさ」が強く現れます。

ラベンダーを「生きている素材」として捉え、ワインのヴィンテージのように、その年限りの特別な香りを楽しみたい、あるいは伝統的なテロワールの個性を守りたいという情熱が根底にあるのです。

生産者にとっての冬の畑

蒸留家が冬の畑を大切に見つめるのは、翌夏に立ち上がる香りの方向性を感じ取っておきたいからなのかもしれません。

クローン畑では、畑全体の様子を見渡すことで、次に生まれるロットの姿を、ある程度思い描くことができます。
それに対してポピュレーション畑では、一株一株の表情に目を向けながら、風の通り道や霜の降り方といった細やかな環境の違いまでも、手がかりにしていきます。

ある生産者は、こんなふうに語っていました。
「クローン畑は“管理”ですが、ポピュレーション畑は“対話”なのです。」

その言葉は、ふたつの畑に流れる時間の質の違いを、静かに伝えているように思います。

クローン栽培とポピュレーション栽培は、どちらが優れているかという視点で比べるものではないと思います。

それぞれが、香りにどのように向き合うか、自然とどれくらいの距離で関わろうとするか——そんな考え方を映し出した、異なる栽培のあり方だからです。

  • 均質性や再現性を大切にする、クローン栽培
  • 多様性や年ごとの表情を受けとめる、ポピュレーション栽培

エッセンシャルオイルを知ろうとすることは、植物がどのような時間を生きているのかに目を向けることでもあります。

そしてラベンダーにとって、その時間が最も深く、静かに流れているのが、冬なのかもしれません。

参考文献:
 Upson, T., & Andrews, S. (2004). The genus Lavandula. Royal Botanic Gardens, Kew.
 Lis-Balchin, M. (2002). Lavender: The genus Lavandula. Taylor & Francis.
 Lakušić, B., Lakušić, D., Ristić, M., Maretić, M., & Slavkovska, V. (2014). Seasonal variations in the composition of the essential oils of Lavandula angustifolia (Lamiaceae). Industrial Crops and Products, 59, 859–862.
 Başer, K. H. C., & Buchbauer, G. (Eds.). (2010). Handbook of essential oils: Science, technology, and applications. CRC Press.
 International Organization for Standardization. (2001). ISO 3515: Oil of lavender (Lavandula angustifolia Mill.). ISO.
 European Directorate for the Quality of Medicines & HealthCare. (n.d.). European Pharmacopoeia. Monograph: Lavandulae aetheroleum.

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